盲信的に信じられる人。

昨日の話である。
義母の誕生日祝いを口実にした食事会が開かれたのだが、その席で気になったのは義妹(といっても、実は私よりも年上)の左眼。
旦那の指摘で気付いたのだが、明らかに眼が充血している。
「その眼はどうした?」と旦那が尋ねたところ、血管が切れたという。
本人曰く「もう大丈夫」とのことだが、よくよく聞くと未だ眼科医の診察は受けてない模様。
場所が場所だけに「一度診察を受けた方が」とアドバイスしても、「以前診察を受けた時の態度が気に入らない」「××(健康器具の一種)を目の所に当てているから大丈夫」と言って聞かない。
内心「取り返しのつかないことになっても知らないよ」と思ったものの、これ以上言葉を重ねたところで彼女の心に届かないことがわかっていたので、私からは何も言わないことにした。
所詮、他人だし。
それにしても、どうしてそこまで盲信的に信じられるのだろう。
私にはそれが不思議だった。

思えば、子供の頃より疑り深い性質だった。
見返りもないのに、強い気持ちで信仰を持ち続ける人々が理解出来なかった。
無料サービスを提供する施設があれば、必ずそこには裏があると感じていた。
優しい態度で接する人がいれば、この人の本心は何処にあるのかと探ろうとしていた。
とにかく「素直に受け止める」ことの出来ない子供だった。
そんな私にとって、盲目的に××を信じる義妹の姿は異様だった。
義妹も、義母も、××に行った方がいいと口々に勧めてくるが、健康器具の無料体験を継続的に受けられる時点で「その施設、大丈夫なのか?」と疑ってしまうのだ。
そこで、手持ちのiPhoneを使って××について調べてみる。
どうやら一度会員登録さえ済ませてしまえば、半永久的に無料体験が受けられるらしい。
その際、健康状態等についてお伺いしますと書かれていたから、実際の効果がどの程度のものなのかをデータとして残しているのだろう。
問題はその効能で、例えば不眠症であったり、肩こり等の改善につながるとのこと。
××を用いることで疲れ目に効果が見られた…とでも書かれていれば話は別だが、少なくともwebサイトを見る限りではそういった効能は一切ない。
即ち、民間療法にすらなっていない状態である。
果たして義妹は、その事実に気付いているのだろうか。