雑感。(或いはヲタになりきれない私)

人間というのは極めて厄介な生き物で、無意識のうちに自分の理想を相手に重ねている。
それが家族であれば、時に家族の心を苦しめ、場合によっては精神すら破壊する。
それが職場の仲間であれば、思うように動かない人々に対して苛立ちを抱くと同時に、時には自分が過小に評価されていると錯覚することもある。
それがパートナーであれば、理想と現実とのギャップに憤り、場合によっては三行半を突きつけるだろう。
そして、実体のない存在(即ち、憧れの芸能人や文化人の類)となれば要求はさらにエスカレート。
生身の人間であれば尊重される筈の人格が無視され、あくまで「商品としての人格」を求める嫌いがある。
例えば舞台であれば、自分が求める役柄でなければ何かと難癖をつけ、挙句の果ては作品そのものを全否定してみたりする。
例えば楽曲であれば、今一つイメージに合わないとか、何かしっくりこないと言い放つだけならまだしも、場合によっては制作側の姿勢まで批判し始め、思わず「あなた、何様?」と突っ込みを入れたくなる。(意外に多い)
時には「気持ちはわかるけど…」と言いたくなることもあるが、その大半は余計なお世話。
というか、少なくとも制作側には醒めた視線が必要であり、そうすることで(うまくいけば)ヒット作と呼べるものを生み出すことが可能となる。
一部ファンが欲するものを提供することも戦略としては必要だろうが、残念ながらそれに見合ったメリットがなければ企画書すら通るまい。
そういった裏事情まで邪推すると迂闊なことは言うべきではないし、多少のことには目を瞑らねばならないのもまた現実なのだ。
ところが、多くの人はそうではないらしい。
無意識のうちに自身の権利は振りかざす癖に、いざ他人がそれを行使するとここぞとばかりに不満を撒き散らす。
中には「言いたいことはわかる」と同情したくなるものもあるが、それでも自分自身が変わることしか術はないのだ。
舞台の演出に不満があるなら、建設的な意見をまとめた上で主催者側にメールをしてみる。
提供された楽曲が気に入らないなら、何故気に入らないのかを自分なりに掘り下げ、その上でレコード会社等に訴えかける。
その際決して感情的な文章にならないよう留意するのは言うまでもない。
何しろ相手もまた人間なのだから。
そんなことを考えていたら、ふと「根回し」とか「駆け引き」といった言葉が脳裏をよぎった。
感情のままに言葉をぶつけるより、冷徹な目で現状を見据えるべきなのだろう。
「それが出来れば苦労はないけど…」
ため息をつく私もまた、手駒の一つに過ぎないけれど。